そろばんネタ帳
そろばん四方山話
007)雲州名工との対話 第3話
突然の大雪のおかげで良かったことを述べてきましたが、ひとつだけ残念なことがあります。読者の皆さんに、煤竹が本当に使用されている場面をご紹介したかったのです。「雪の覆われたワラ葺き屋根の中で、煤竹がどのように作られてゆくのか」或いは「囲炉裏から立ち上った煙が、どんな風にワラ葺き屋根を通過してゆくのか」を写真に撮ろうと予定していたのですが、予定地は大雪のため通行止めになっていました。
高級そろばんと煤竹(ススタケ)
「煤竹(ススタケ)」はご存知でしょうか?文字通り、煤(スス)が染み付いた竹です。藁(ワラ)葺き屋根の構造材は太い竹を縄で縛って形成します。上に乗せるワラは数年毎に張り替えますが、構造材の竹はほとんど換えることなく何十年と経過します。
藁葺きの家屋では、囲炉裏で暖を取りますが、何と煙突がありません。囲炉裏から立ち上った煙は、そのまま藁葺き屋根を通り抜けて、空中に抜けてゆきます。ワラも構造材の竹も、煤が沁み込むことにより腐りにくくなるのです。百年以上も構造材を換えないで経過することは珍しいことではありません。
煤がたっぷりと沁みこんだ竹を煤竹(ススタケ)と呼び、その強度やキメの緻密さ或いは風合いにより、昔から高級工芸品に利用されてきました。代表的な作品は茶道の茶杓(チャシャク)や茶筅(チャセン)です。
高級そろばんの製作には、煤竹(ススタケ)は無くてはならない存在です。外観を良くする為ではなく、煤竹の持つ極めて緻密で強固な表面特性が、高級そろばんの玉の弾き具合を支えているのです。雲州堂では、製品のランクに応じ、数十年から百年以上の煤竹を使用しています。
以前、デパートで行われる伝統工芸展に参加した際に、茶筅や茶杓の職人さんが、簡単に作った煤竹の製品の値段が何十万円としていたのを見て羨ましく思ったことがあります。
そろばんの木工技術は、「世界最高の緻密さを誇る」と言われていますが、所詮庶民が使用する道具である為、芸術品のような価格設定が出来ないのが、職人として口惜しく思った記憶が残っています。
柳宗悦の提唱する民芸運動のようなムーブメントが世界中で認められつつある昨今ですが、そろばんまで届くことは無いようです。